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【連載#2】 レスリングでパリ五輪へ

更新日:2021年11月26日

アスリートサポート登録選手から自身の競技についてや今後の目標についてを伝える連載企画。第2回となる今回はレスリングの中村優太選手 (ゴーゴーカレーグループ所属)から、これまでのレスリングと共に歩んだ道のりから今後の目標についてのお話を伺った。



まずは、中村選手のこれまでのレスリング選手としての活動について聞かせてください!


今年でレスリングを始めて18年目になります。現在は金沢カレーで有名な「ゴーゴーカレー」に所属し、ゴーゴーカレーの社員とレスリング選手の二足の草鞋で活動しています。レスリングを始めたのは小学1年生の時に友達の友人に誘われて始めました。高校はレスリングの強豪校でもある星稜高校へ進学し少しずつ結果が出始めて来ました。


その後、大学は専修大学へ進学し、大学4年時となる2018年に全日本3位となりました。大学卒業の社会人1年目ではゴーゴーカレー所属選手として2019年には、明治杯70kg5位、社会人日本選手権3位、天皇杯で8位の成績を収めることができました。少しずつ社会人の試合にもなれてきて、これから頑張って行くぞと思ったタイミングがコロナ禍の2020年で、なんと1試合も試合をすることが出来ませんでした。


レスリングは一般的にみるとマイナー競技になるかと思いますが、なぜレスリングを選びプレーし始めましたか?


レスリングを始めたのは小学1年生の頃で、両親が共働きで忙しかった事もあり色々な習い事をしていました。そんな中でレスリングとの出会いました。出会ったきっかけは、保育園の時の友達の両親がレスリング競技の普及や競技人口を増やすためのレスリング教室を週末に行っていて、僕の両親がレスリングが僕のためになるのではないかと思ったきっかけで始めました。後日談とはなるんですが、小さい時に始めた習い事はレスリング以外については長く続かなく、残ったものがレスリングになりました!



まさしく、レスリングが中村選手の人生の分岐点になったんですね。人生の大半をレスリングと共に歩んできているかと思いますが、ここまで続ける事ができた理由はありますか?


まず純粋にレスリング好きに尽きると思っています。そしてここまで続ける事ができた大きな理由として学生時代から日本一になりたいと言い続けてきた目標がまだ達成できていないことだと思っています。仮に、高校時代にレスリングで日本一になっていたら大学卒業したら選手から引退していたかもしれません。しかし、学生時代には日本一になれていなかったので社会人になった今でもプレーを続けることが出来ていると思います。


レスリング人口がまだ少ないと言っていたかと思いますが、現在の同世代でレスリングをプレーする人たちの数はどうですか?


僕の世代は、まだプレーしている人は多いかと思います。しかし大学4年から社会人1年目にかけて多くの選手が競技を引退していると感じています。大学生から社会人になるタイミングで、多くの選手がレスリングキャリアを続けていきたいと考えていますが、1人のアスリートとして支援をしていただける企業の方々が少ないです。そのため、レスリング選手1本で生活していく事が難しくなる事があって、選手としてのキャリアを大学で終える人が多いのだと思います。そんな中で、支援をしていただいている「ゴーゴーカレー」には日々のレスリングに取り組める環境に感謝しながら活動しています。


小さい時からレスリングを続けて、社会人になった現在でもプレーをしているレスリングの一番の魅力はなんですか?


一番の魅力は具体的なものはなく、抽象的になってしまいますが、先ほど話した様にレスリングの全てが好きです。好きなこととしてはプレーの中で上手くいくことはもちろん好きですが、プレーの中でうまくいかない事をどうやって上手くいくようにできるか考える事が楽しいです。ただ強いて言うなら、プレー最中の駆け引きで相手選手を出し抜けた時が好きです。


レスリング選手としての今後の目標は?


コロナ禍で今後の五輪がどうなるかわかりませんが、2024年のパリ五輪での優勝を目標に日々レスリングに取り組んでいます。2024年には28才になり、選手としての脂が乗ったベストなタイミングかと思っているので2024年五輪の目標に向かって突き進んでいきたいです。


最後にパリ五輪に向けてどういった方々と一緒に活動していきたいですか?


レスリングの環境のサポートいただける方々と共にレスリングの活動をしていきたいと思っています。また、サポート頂いた方々への恩返しも僕自身ができる事を行っていきたいです。



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